Yossy’s Story

よっしー物語

—— 灰色の世界が、色を取り戻すまで

これは、香りの話である前に、ひとりの人間が、世界の色を取り戻していく話です。

いちばん暗いところから、始めさせてください。

Prologue

あの冬、私は
精神病院のベッドの上にいました。

昔から、何をやってもなくならない心の中のモヤモヤがありました。これを無きものにしようと、瞑想や心理ワークに傾倒していったところ、敏感になりすぎてしまい、心と身体のバランスを崩しました。寝ても覚めても、死の恐怖が襲ってくるようになったのです。

物を食べれば死の恐怖。
立ち上がれば死の恐怖。
人に会えば死の恐怖。

内臓が動くだけで恐怖が襲ってくる状態でした。寝たきりになり、食事も取れなくなり、体重は30kgほど痩せてしまい。命の危険があるということで、閉鎖病棟に入院することになりました。

このままでは死ねない、ちゃんといきたい

病院で驚いたのは、食べられなくて、体重が増えないということでした。

それまでの私は、太ってしまうことのほうが多かったので、食べれば体重は戻るものだと思っていました。だけど、身体は、状態が悪くなると、そういうふうにはいかなくなる。

体重は、どんどん下がっていきます。

「このままではまずい」
「このままでは死ねない、ちゃんといきたい」

これはもう、命がどう動いていくかだな——。そう覚悟しながら、食べました。

食べると、半日以上、苦しくて動けません。けれど、どこにも逃げ場がない。ただ、ここから出てくることだけを考えて、院内を歩き、できることをしていきました。

入院中、お世話になっていた先生から、こんな言葉が届きました。

今の吉田さんしか見えないものがある。
元気で健全な心身の人には見えないものを見てごらんよ。
その内またどうせ元気になるんだから

そうして、なんとか、2ヶ月弱で病院から出てくることができました。

Gray World

世界が灰色に見えた頃

病院から出てきたものの、身体と心は低空飛行を続けていました。

ご飯は、砂を噛むような感じがします。目に見えるものは、色は一応わかるのですが、なんだか灰色に見える。「これが、世界が灰色に見えるということか」と思いました。

変に動けば動悸がして、死の恐怖が襲ってきて、半日弱、動けなくなります。

1日10分の散歩ができればいい方で、ほとんどの時間を、ベッドの上で過ごしていました。

回復期に散歩した夕暮れの道。ぶれた写真に当時の身体の感覚が残っている
当時の散歩道。ぶれたままの一枚に、あの頃の身体が写っています。

Invisible

目に見えないけど、身体を動かしてくれるもの

その頃、思ったことがありました。

「生きるか死ぬかなのだから、働くとか考えなくていい」
「どうせ動けないのだから、気の向かないことはやらないようにしよう」

そう開き直ってみると、月に一度くらい、動けることが見つかるのです。

その内容は、ほんの些細なことでした。
「家の前の道端の、あの花が咲いているかな?」
「今日の月は、そろそろ欠けているかな」
そう思うと、身体は動く。

頑張っても全然動けないのに、そんなことを気にかけると、自分の身体は動いてくれる。

努力や意志で身体は動いているのではなくて、目に見えないような、ほんの些細なことで、楽に身体が動く。生きていくには、目に見えないものが大切なんだ——それは私にとって、世界が変わるような体験でした。

Like a Newborn

0歳児の自分を育てる

病院から出て2年ほどは、毎日「今日は何になら身体が動くか」を確かめながら過ごしました。

自分が何になら動けるのか、まったくわからない。今まで教えられた世界を生きてきて、自分のことがまったくわかっていなかったのだと思いました。自分の内側にまったく触れてこなかった自分は、0歳児みたいなもの。これを育てていくんだと覚悟を決めました。

見ていただいていた先生からも「今の君は因幡の白兎のような状態で、本当に丁寧に過ごしたほうがいい」と言われていて、いつも身体の外側がヒリヒリするような体感でした。一瞬、動けると思ってやってみたら、倒れてしまう。まさに、赤ちゃんが立ち上がっては転ぶのを繰り返すような日々でした。

散歩の最中、自分は何を感じているのか。道端の草木を見るとき、何を感じているのか。夕焼けに触れながら、何を思っているのか。「ないこと」にしていた自分の気持ちを、ひとつひとつ、じっくり味わっていきました。発作で人に会えない分、膨大な時間をかけることができました。

事務所の壁に飾られた、額装されたぬらし絵
自分を育てるために描いていた、ぬらし絵。いまも事務所に飾ってあります。

Wonder

世界の不思議を、体感と一緒に

本当に、いろんな体験をしました。

近くの神社まで歩いて、喫茶店で少し休んで、帰ってきてシャワーを浴びる。風に吹かれて、ただ気持ちよさを味わう初夏。それだけで、至福の時間でした。

あるときは、雲を6時間、見続けたことがありました。ゆっくり流れるものを見続けていると、自分の内側も、ゆっくり流れていく。気がつくと、涙が出ていました。

喫茶店でぼーっとしていると、世界がキラキラして見えてきて、すべてが愛に溢れている——その感じが、10日間ほど続いたこともありました。いまでは、言葉でしか覚えていないのですが。

当時、お世話になっていた先生に報告すると、こんな返事が届きました。

それは素敵な状態が続いていますね。
でもそれが本当の真実の姿なんです。
なのに、しばらくすると自分と自分の周囲の自然界が愛に溢れた真実の姿がまた雲に覆われてしまいます。
でも自我の雲で覆われた真実が見えなくなっても、雲の向こうの蒼穹の青空は依然として存在し続けます。
そして雲もまた払われて青空が見え、また再び雲に隠れてまた現れます。
それがこの世界に住む人間の心と自然界なのです。
それに慣れて、曇りの日は心の中の青空を強く思念して生活する習慣を早く作ることです。
自我に戦わずに自我に対する免疫力を高め平常心を養っていく。
これからはそういうことを心がけてください。
ぬか喜びは禁物ですよ。(笑)
出かけるときは近場からね。

このお返事は、いまも私の中に残って生き続けています。

夕陽を見つめていたら、与えてくれるものの大きさに感動して、写真を撮って。それでもお返しできない気がして、踊ったこともありました。

満月よりも、折れそうなほど細い月のほうが、力をもらえる。この体感はなんなのだろうと、自分で考えたり、深められそうな人と話したり。

上が開いている空間にいると、アイデアがどんどん湧いてくる。室内にいると、湧いてこない。この場所は力をもらえる——ただの街の中にも、そんな場所はいくらでもありました。

世界の不思議、世界の神秘。そんなものを、体感と一緒に、ずっと探っていきました。

そうしていくうちに、文字通り灰色に見えていた世界は、少しずつ色を取り戻していきました。

この頃に書いていた日記が、いまも残っています。
色と服 —— 2013年の日記

桜と雪柳が咲く春の散歩道
回復期の散歩道。季節が、色づいて見えるようになっていきました。

Encounter

生命の温度帯——香りとの出会い

回復の期間に、大きな出会いがありました。「還元くん」の開発者・おじか社長です。通っていた治療院に毎月来られていて、回復の期間からブランド立ち上げの数年間、何十回とお話を伺うことができました。

そこで聞いたのが「生命の温度帯」の話でした。

地球上で一般的な生物が生きているのは、5〜38度ぐらいの場所。それ以上でもそれ以下でも、生物は活動できなくなってくる。だから食べ物をその温度の範囲で扱うと、命のバランスを崩すことがない——。

ゼロから「世界はどうできているのか」を探っていた私は、この話を体感を伴って理解することができ、お腹の底から、なるほどなぁと思ったのです。

やがて香りの世界に興味を持ったとき、この観点で見ていくと、できることがいろいろ見えてきました。その一つが、熱を加えず、精製もしない「非加熱未精製」の香りの抽出です。

一般的な香料は、蒸気の熱で香りを濃縮して作られます。それはまるで、、、濃縮還元ジュースのようなもの。熱を加えない香りは、フレッシュジュースのようなイキイキとした香りがします。

初めてこの香りを嗅いだとき——今まで嗅いだことのない感覚、身体の中を何かが駆け抜けて、跳び上がるような感覚がありました。一緒にいた治療院の比嘉先生も、すごい笑顔で「これは本当にいい!!」と言って、後押ししてくれました。

この香りで、さまざまな素材を抽出してみたい。それから数年間、200以上の素材から香りを抽出し続けました。

はじめの頃の瓶は、自宅の机の上に置いて、ずっと見ていました。毎日少し振って、様子を見て、匂いを嗅いでみる。

机の上に置かれた、はじめの頃のベチバーの漬け込み瓶2つ。後ろにミュシャの絵はがき
はじめの頃の漬け込み瓶(ベチバー)。机の上に置いて、毎日少し振って、匂いを嗅いでいました。
机いっぱいに並んだ、日付ラベルつきの漬け込み瓶の数々
気がつけば、机は瓶でいっぱいになっていました。

ほとんど動けなかった私の身体は、そこから大きく動き始めたのです。

Fairy Fragrance

フェアリーフレグランスという名前

ほとんど動けなかった身体が、なぜ香りで動き始めたのか。理由は、後からわかってきました。

それまで、どんな香りに触れても、「何か違う」という気持ちが消えませんでした。その気持ちはいつしか、「自分は変だから、満たされることがなくてもしょうがない」という思い込みに変わっていました。

それが、この香りに触れることで呼び起こされて。
「あ、この香りを作ればいいのだ」
「私は、香りに触れられない人ではなかったのだ」
と、解放されていったのです。

フェアリーフレグランス™という名前は、「目に見えないけれども、身体を動かしてくれているもの」を表現する物語を探して、辿り着きました。

物語のピーターパンに、こんなセリフがあります。
「空を飛ぶのに必要なのは、信じる気持ちと妖精の粉」

動きたいと思っても、身体が動くわけではない。でも、ふと気づくと、目に見えないけど、身体を動かしてくれる存在があった。

ローズの香りからは、これまでに300種類以上の成分が見つかっています。それでも、香りの主役は、量の多い成分とは限りません。全体からするとごくわずかしか含まれていない微量成分が、ローズらしい香りの印象を決めていることがわかってきています。そして、いまの測定機器ではまだ捉えきれない成分も、たくさんあると言われています。

認識できない、目に見えない命の微量成分——それが妖精の粉なのではないかと考えて、香りを創っています。

そして、この10年以上の香りづくりの中で、身体に働きかけているのは、香りの成分だけではない——そう感じる場面にも、たくさん出会ってきました。このあたりは、まだうまく言葉にできていないので、いつか、メールのお便りや講座で、ゆっくり書いてみたいと思っています。

摘みたてのラベンダーの花々と、緑色の非加熱フレグランスの瓶
ラベンダーの非加熱フレグランス。素材の色が、そのまま香りの色になります。

Liberation

解放した先は、新しい世界

リベレーションブランド バリバリーという名前は、この活動が「自分の天から与えられたものを、世界に解放していく活動」なのだ、ということで付けました。

ある程度動けるようになってきた頃、自分を満たしてくれる素材を探し始めました。でも、私は疑り深いので、徹底的に調べてしまう。そうすると、自分が気に入るものは、ほとんどないということがわかりました。でも、それゆえに、気づいたことがあります。疑り深さだと思っていた自分の目は、最高のものを見分けるセンサーだったのです。

疑り深さだけではありません。敏感な肌も、怖がりなところも、弱点だと思っていたものが、香りづくりでは、そのまま働いてくれる。自分の中の、全部があっていい。

違和感を自分の内側に溜め込んでいたときには、自分を傷つけることしかできませんでした。でも世界に解放したとき、そこから今までにないものが生まれ、ともにある人たちに喜んでもらえるものになっていきました。

パンフレットの裏には、「解放した先は新しい世界」と書いています。

Teachers

先生たちの愛のなかで

比嘉先生が亡くなったあと、人づてに聞いた話があります。

先生は「すごい天才がいる!!」と、私のことを話してくれていたそうです。当時の私は本当にフラフラで、先生との話の中で、なんとか生きる自分を見つけていこうとしていた。それなのに、先生は、私をそんなふうに見ていてくれた。

比嘉先生だけではありません。ほかにも、たくさんの先生に出会って、愛を受け取って、今の自分があります。セッションという境界線を設けて活動されているのだけれど、本物の先生というのは、それを超えて、愛を与え続けてくれている。本当に、贈り物のように、愛を受け取ってきました。

香りの瓶をやさしく両手で包み、見つめる手元
比嘉先生。製法のこと、香りのこと、たくさん話を聞いてもらいました。手にあるのは最初の製品・シンデレラキー。

そして、亡くなって、しばらく経ってから、やっと愛を受け取れたりする。

ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの

——室生犀星の詩を、思い出します。

私の生きてきた道が、リベレーションブランド バリバリーだと感じています。

Since Then

それから

あれから10年以上が経ちました。

私はいまも、身体が動くかどうかを確かめながら、植物を漬け込み、香りを創って暮らしています。やがてこの香りの探究は、海を30年から100年漂って熟成される香料・龍涎香(アンバーグリス)との出会いにつながり、いまのリベレーションブランド バリバリーの香りたちになりました。

摘んだ蓮の花びらから、金色のおしべを小さな瓶へ移している
2026年夏、蓮の花摘み。いまは、仲間と一緒に漬け込んでいます。

頑張りでも、意志でもなく。道端の花や、欠けていく月のような、ほんの些細なことで、身体はふっと動いてしまう。

あなたにも、
そんなものはありますか。

Original Texts

この物語の原文について

ここに書ききれなかった話は、メールのお便りで、ゆっくり書いています。

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この物語は、吉田恭隆個人の体験の記録で、製品の効果や効能をお伝えするものではありません。でも、読んでくださったあなたの中に、何かひとつでも残ったら嬉しいです。