Gift

ギフトするだけ、
世界は豊かになる

うれしかったことも、難しかったことも。
僕がギフトを続けてきた記録。

ギフトについては、人によって受け取り方はさまざまです。このページの中でも書きましたが、いろいろ誤解されてしまうことも多いものだと思うので、書くことを控えてきたのですが……おそるおそる書いてみます。

僕はこれまで、ずいぶんいろんなものをギフトしてきました。

コロナの時期には、フレグランスを100本、送料まで全部無料でお送りしました。お祭りやイベントの場では、龍涎香のキャンディーをギフトしています。フレグランスをほぼ無料で増やせるレシピごとお渡しする「100万倍企画」というのもやりました。これまでには、香りの小瓶を値段をつけずにギフトとして届ける実験もしてきました。最近は、仲間のホームページを丸ごとギフトで作ったりもしています。

「なぜそんなにギフトするんですか」と聞かれることがあります。
このページでは、僕がなぜギフトするのか、ギフトしてみて何が起きたのか、そしてギフトの難しさについて、いまの時点の考えをまとめてみます。

一番よくわかってもらえるのは、たぶん、コロナの時の話です。

One Hundred Gifts

コロナの時、100本ギフトしてわかったこと

2020年の4月。僕の仕事はフレグランスの通販なので、実はあの状況は追い風でした。備えもしていて、自分と家族はかなり守れていたと思います。

でも、ちっとも幸せじゃなかった。ニュースを見ていると胸が痛くて、全然販売する気になれませんでした。

そんな時、友人が言ったんです。

売り上げ下がるし、感染対策あるし、
休みもないし、先も見えない。

それならフレグランスを送ろうと作り始めたら、動かなかった身体がすっと動きました。ああ、これだなと。

「命の香りのスプレーを100本、送料まで全部無料で送ります」——そう投稿したら、3時間で全部のオーダーが入りました。

そして告知もしていないのに、隣に置いてあった、中身は同じ有料の製品を買ってくださる方が続いて、企画の予算を超えるお金が集まりました。それをそのまま、医療関係の方への次の100本に回しました。

発送を待つ、青いスプレー。
発送を待つ、青いスプレー。
2020.04.17の記録
「笑顔あふれる毎日になりますように」。スタッフが手書きで添えたカード。
「笑顔あふれる毎日になりますように」。スタッフが手書きで添えたカード。
2020.04.21の記録

受け取った方の言葉

生かしますね、この優しさ。

「命の香り」を受け取ったIさんの感想より。
2020年4月27日掲載の感想を読む

そこから先は、僕が始めたことなのに、僕の想像を超えることばかり起きました。

お返しに、はっさくが届きました。スペインから高級なオリーブオイルをギフトしていただけることになりました。書を書いてくれる人、マスクを作ってくれる人、無償の施術を始める人。瓶のラベルは、企画に共感してくれた友人が「心が動くことをやりたかった」と書いてくれました。

香りを受け取った方から届いた、はっさく。
香りを受け取った方から届いた、はっさく。
2020.05.03の記録
友人が一枚ずつ描いてくれた、香りのラベル。
友人が一枚ずつ描いてくれた、香りのラベル。
2020.05.15の記録

エメラルドを贈ってくださった方もいました(2020年5月7日の投稿「宝石もらった?もらえる?」)。その方のストーリーに触れて、彼女の豊かさが循環していくようにと作った香りが、「名前はまだない豊かさの循環フレグランス」になりました。

いまでは、バリバリーで一番売れている香りです。あの時のギフトから生まれたものが、6年経った今も、形を変えて巡り続けているのです。

一本の魔法の杖。ラピスがついている側。
一本の魔法の杖。ラピスがついている側。
2020.05.07の記録
同じ杖の反対側。こちらにはクリスタルがついています。
同じ杖の反対側。こちらにはクリスタルがついています。
2020.05.07の記録

そして何より、送った僕自身が、すごく癒されたんです。
周りの仲間が幸せでないと、自分も幸せじゃない。ギフトしてみて、初めてそれが腑に落ちました。

当時の記録をもう少し見る
香りを調整していた机。
香りを調整していた机。
2020.04.11の記録
一本ずつ箱に入れて、発送の準備。
一本ずつ箱に入れて、発送の準備。
2020.04.23の記録
2020年の100本ギフト募集開始の公開投稿。現在の募集ではありません
2020年4月9日のFacebook投稿。当時の投稿を読む
スタッフが手書きカードを提案した経緯が残る公開投稿
2020年4月21日のFacebook投稿。当時の投稿を読む
植物性の絵具で、ラベルの色を塗っているところ。
植物性の絵具で、ラベルの色を塗っているところ。
2020.05.12の記録
手描きのラベルがついた、青い瓶。
手描きのラベルがついた、青い瓶。
2020.05.15の記録

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Given

はじまり —— 圧倒的に、与えられた

では、そもそもなぜ、僕はギフトしたくなるのでしょうか。

振り返れば、始まりはいつも、もらう側でした。

昔、身体も心も動かなくなってしまった時期がありました。仕事はできない。人にも会えない。

それでも、夕日が毎日、惜しみなく注いでくれました。何もお返しできなくて、写真を撮って愛でることと、踊ることしかできませんでした。折れそうな月。道端で孤独に咲いている花。どこまでも広がっている空。

水面に映る、淡い桃色の夕焼け。
2014年2月1日。「歩いてると汗ばむし、夕日も綺麗。」
当時の投稿を読む
夕焼けから夜へ移る、散歩道の空。
2014年2月11日。「夜の帳、終わる寒さの美しさよ」
当時の投稿を読む

2014.06.27|世界を優しくする香り
「変化していく夕暮れの美しさ」。風や花、月から受け取っていたものも、言葉にした投稿。

2014.09.20|夕焼けと夜の境目はどこにあるのかなって
夕陽を眺めてのんびり過ごした、大切な場所のこと。

そして、惜しみなく与えてくれる先生たちにも、僕は出会ってきました。

こんなふうに、世界から圧倒的に与えられた記憶があるので、受け取ったものを自分だけで独占するという発想に、ならないのです。

実は、香りを作る時も、同じなのです。

僕は、作ろうと計画して作るのではありません。世界からテーマが圧倒的に与えられて、考える力が湧いてきたり、取り組む力がやって来た時に、作っています。だから、作れる時と、作れない時があります。

僕は、調香の専門教育を受けてきたわけではありません。それでも香りを作れるのは、たぶん、自分の感覚を深く感じ取っているからです。与えられたテーマを自分の深いところで受け取って、香りの形にして、皆さんに手渡す。

そう考えると、僕の香水づくりそのものが、受け取ったものを手渡していく、ギフトの通り道なのだと思います。

Breathe Out

出さないと、苦しかった。抱えたままでは、もったいなかった

振り返ると、バリバリーの活動は、植物や自然界とお友達になるところから始まりました。そして、Facebookでお友達に、日々の思いつきを聞いてもらうところから。製品ができたときも、いろいろと意見をもらいながら作ってきました。

だから僕にとってこの活動は、お友達と、世界から与えられた素晴らしいものをシェアすることなのです。仲間とシェアすると、世界はより豊かになる。物理的にも、ますます豊かになる。そういう世界が、広がってきました。

動けない時期にも、世界から受け取るものだけは毎日ありました。目の前の草木が育っていること、ふとした気づき、素敵な情報。

それを自分の中に留めておくと、苦しかったんです。
これは世界から与えられたものだから、僕のものというより、世界のものだよねと。そう思って、Facebookに出していました。多いときは1日に7投稿。

そうしたら、みんなが「いいね」と言ってくれて。そこに小さな循環が生まれて、少しずつ身体が動くようになっていきました。

僕にとって「出す」というのは、戦略ではなくて、息を吐くことに近い行為です。息を吸ったら、吐かないと苦しい。それだけのことが、はじまりでした。

それにもう一つ。抱えたままにしておくのは、もったいないのです。

畑で食べきれないほどの野菜が採れたら、腐らせてしまうより、周りの人にギフトしたくなりますよね。お友達だったら、売るよりまずあげたくなる。

僕が素敵なものを持っていて、お友達はまだそれを知らない。そんな時は、「買って!」と言うより、まずギフトしたくなる。ブログにも書いたのですが、僕にとっては、そういう感覚なんですよね。

たとえ腐らないものでも、使われないままなら、そこから開かれるはずだった世界が、開かれない。せっかく与えられたのに。それが、もったいない。

発見も同じです。みんなが知れば、僕も、周りのみんなも含めた、宇宙全体の価値が高まる。だったら、僕だけが抱えているのは、宇宙全体として、よろしくない。非加熱の香りとの出会いも、龍涎香の復活も、同じだと思っています。

ひとりで抱えるとアイデアは僕の中だけにある。外へ出すと僕にも残りながら誰かにも届き、使われていく。僕も含めた宇宙全体の価値が高まる。
自分の中にあるアイデアを、世界にも手渡す。

そして、バリバリーはほとんど宣伝をせずに、友達のシェアや口コミで広がってきたブランドです。だからギフトすることは、ずっと見てくれた皆さんへの、恩返しでもあります。

Teachers of Gift

ギフトを教えてくれた人たち

こうして振り返ると、僕にギフトを教えてくれた先生たちの顔が浮かびます。

お世話になった、いまは亡きホメオパスの比嘉先生は、ご自身が惜しみなくギフトをして、あとに続く人を応援する姿勢を見せてくれた方でした。僕にも、製品を一緒に出してくださったり、応援してくださったり。

そして、僕が「もっと欲しい」と甘えそうになった時には、ちゃんと断ってくれました。与えることと、断ること。その両方で、正しい姿勢を見せてくれた方でした。

バリバリーの初期には、みーちゃんこと、ゆさみかこさんにお世話になりました。豊かさが循環するということを教えてもらい、実際にギフトをする姿を、間近で見せてもらいました。

そして正直に書くと、そんなふうに良くしていただく中で、「甘えたい」「もっと欲しい」という自分の闇の部分が顔を出すのも、僕は感じていました。

ギフトは、あげる側だけの話ではないのです。もらう側に立った時にも、その人の何かに、触れてくるものなのです。

香りの瓶をやさしく両手で包み、見つめる手元
比嘉先生。手にあるのは最初の製品・シンデレラキー。

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Shadow

ギフトは、人の傷に触れることもある

続けてきて思うのは、ギフトはそんなに簡単ではないということです。

あげたい気持ちだけでは、うまく届かないことがあります。勘違いが生まれてしまうこともあります。

お金やギフトのことは、男女のことと同じくらい、人の傷に触れる可能性のあるものだと感じています。

なぜかというと、ギフトをするというのは、相手と一つになってしまう、お友達になってしまうことだからです。お金を払って買う関係には、区切りがあります。ギフトには、その区切りがありません。だから温かくて、だから怖い。

ギフトが負担になってしまうこともあるので、渡す側も受け取る側も、無理をしなくていい形を大事にしたいと思っています。

No-Face

僕の中のカオナシ

そして、あげる側の僕の中にも、影はあります。

もらう側の「甘えたい」「もっと欲しい」だけではありません。あげる側にも、影は差すのです。

正直に書くと、「あげたら、嫌われないんじゃないか」という気持ちからギフトをしたことも、僕にはあります。千と千尋の神隠しのカオナシが砂金を差し出すみたいに、つながりが欲しくて、保身から出したギフト。

カオナシを思わせる黒い影と白い仮面の人物が、砂金をのせた両手をそっと差し出している。
つながりが欲しくて、差し出すギフト。カオナシをイメージしたAI生成の挿絵。

同じ「あげる」でも、生命の衝動から身体が動いて出る時と、こういう影から出る時があります。見た目はまったく同じなのに、中身が違う。

「あげたら、広まるんじゃないか」と、計算が働いてしまう時もあります。そういう時は、あげてはいけない。自分の中の純度が低い状態では、その重さは人に伝わるし、そもそも自分の人生にとって意味がないと思うのです。

だから僕は、自分の中に営業戦略の影や、保身の影がよぎった時は、あげないようにしています。あげたくて勝手に身体が動く時だけ、あげる。

続けてきてたどり着いた、いまのところの「ギフト道」の作法です。

Water and Sun

水のギフトと、太陽のギフト

続けてきて、ギフトには二つの向きがあると感じるようになりました。

一つは、水のように巡るギフト。あげたものが形を変えて、めぐりめぐって返ってくる循環です。

もう一つは、太陽のようなギフト。返ってくることを前提にせず、ただ照らすようにあげる。コロナの時の100本は、こちらでした。

思えば、あの動けない時期に毎日注いでくれた夕日が、まさにこれでした。夕日は、僕が何もお返しできなくても、照らすのをやめませんでした。僕が太陽のようにあげたくなるのは、たぶん、あの受け取りの続きなのです。

どちらが正しいということではなくて、水と日の両方があって植物が育つように、両方あっていいのだと思っています。

形を変えて巡る水と、返りを前提にせず注ぐ太陽。両方が同じ植物を育てる。
水のように巡ることと、太陽のようにただ注ぐこと。

ただ、どちらの場合も、何かをあげた時に目に見えないものが循環していれば、うまくいく。逆に、モノやお金が動いていても、目に見えないものが動いていなければ、どこかがきしむ。そんな感覚があります。

そして、循環には距離感と文脈が大事です。同じコミュニティの中、同じものを大切にしてきた人たちの間だと、ギフトはよく巡ります。

最近、そのことを確かめるような出来事がありました。

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Hand Over

AIで増えた力を、仲間に手渡す

長年一緒に瞑想をしてきた仲間の、ダンスの先生・utaさんのホームページ(EMPOWERダンスアカデミー)を、ギフトとして作ったのです。

utaさんのEMPOWERダンスアカデミーのトップ画面。空を背景に踊る姿と、ダンスで人生が変わるから、の言葉。
仲間に手渡した、EMPOWERのホームページ。2026年9月7日の画面。
EMPOWERダンスアカデミーを見る

なんだか身体が動いて、AIのことをひたすら数ヶ月、やり続けてしまいました。そしたら、いろいろできるようになったんです。

それは僕が偉いのではなくて、世界や時代から、新しい元手を受け取ったようなものです。だとしたら、これも自分の中に所有しておくものではないよねと。

長くつながってきた仲間へ、その人の活動が前へ進むように、手渡したかったのです。

報酬のことを聞かれた時、特に欲しいとは思いませんでした。それが、受け取れない傷から来ている感じでもなかった。

でも、モヤモヤは残っていて。自分の中で分かったのは、こんなことでした。

たとえば300万円を受け取っても、僕の安心感が同じだけ増えるわけではありません。

そのお金を使って何をしたいかと考えると、結局は、好きな友達と会って、一緒に遊び、一緒に何かをつくりたい。

それなら、お互いをより深く知っていて、お互いに感謝し、応援し合える仲間がいることの方が、僕にとっては豊かで、安心なのです。

友人だから安くする、という話ではありません。無料で作る代わりに紹介してほしい、という交換でもありません。返し方も、期限も、決めない。

もともと応援し合っている仲間だったけれど、ホームページを一緒につくることを通して、それが、より惜しみなくできるようになった感じがします。

お金で精算すると、取引はきれいに終わります。でも今回僕が望んでいたのは、終わらせることではなくて、仲間との関係が豊かになることでした。

Fin

お金は、関係を「終わらせる」

お金をもらうというのは、関係性を切ることでもある——そんな話を聞いたことがあります。英語でお金のことをファイナンス(finance)と言いますが、その語源は「終わり」を意味するフィン(fin)から来ているのだそうです。

支払いが済めば、関係はそこで一度終わります。貸し借りなし。それはとても安心な仕組みで、区切りをつけてくれるからこそ、知らない人とも取引ができます。

ギフトは、その逆です。受け取ったら、終わらない。持ちつ持たれつが、ずっと続いていきます。

お金での交換とギフトの巡り。食べもの・手しごと・感想・協力・お金などで巡り、次の誰かにも広がる。
対価を決める交換と、いろいろな形で巡るギフト。お返しの形や時期は、決めない。

本当に豊かな家同士のやり取りは、何代にもわたる長い時間の中で、持ちつ持たれつを続けるのだと聞いたことがあります。それは帳簿には載らない、目に見えない世界の資産です。課税もされません。

先ほど、ギフトには区切りがないから怖い、と書きました。それは本当です。でも同じ理由で、ギフトは終わらない豊かさにもなります。区切りがないことは、怖さでもあり、財産でもあるのだと思います。

Multiply

ギフトする人が、増えていく

2024年からは「100万倍企画」というのをやっています。アーシングフレグランスというフレグランスを、ほぼ無料で増やせるレシピごとお渡しして、増やした分を周りの方にギフトしてもらう企画です。

たくさんの方が手に取ってくださったので、お礼として、学校や医療機関、こども食堂などへ寄付する企画もしました。

自分がギフトするだけではなくて、ギフトする人が増えていく。受け取った人が、今度は誰かに手渡す側になる。わかちあいが、僕の手の届かないところまで広がっていく。これも僕にとっては、ギフトの一つの形です。

Gift Goes On

ギフトするだけ、世界は豊かになる

何かを出して、対価を返してもらうのではなくて。
ギフトして、ギフトで返してもらう。

お金という一つの形だけでなく、いろんな形でお返しが返ってくる。それが、すごく豊かだなと感じています。はっさくも、オリーブオイルも、友人が書いてくれたラベルも、お金を介さなかったからこそ届いた豊かさでした。

お金での交換と、ギフトの巡りを図で見る

そうやって、それぞれが持っているものを手渡して、僕も、周りのみんなも豊かになっていく。発見を分かち合うことで、誰かの世界が開いて、その人からまた何かが生まれる。僕や周りのみんなを含めた、宇宙全体の富が増える。そんなふうに感じています。

発見を分かち合う

最近気づいたことがあります。感覚の世界を探求している人たちと会っていると、みんな、役に立つかどうかに関係なく実験を続けていて、僕が実験の話をすると、自分に関係あるかどうかに関わらず、興味を持って聞いてくれるのです。

実験して、報告会をして、すごいねと言い合う。それだけで、お互いの世界が広がっていく。

僕のギフトは、その報告会のようなものかもしれません。発見を分かち合うことも、モノをギフトすることも、根っこは同じです。与えられたものを独り占めせずに回すと、僕のところで止まっていた世界が開いて、そのぶんだけ、みんなの世界が豊かになる。

これまでには「絶望の香り」という香りの小瓶を、値段をつけずにギフトとして届けてみる実験もしてきました。受け取った方が、感想でも、写真でも、それぞれの得意なことでもいい、何かの形で「巡り」に参加してくれたら、と。

みんなが得意なものを持ち寄って世界の価値が増えれば、豊かさは自ずと巡ってくる。そんな世界を、信じてみたいのです。

うまくいくかは、わかりません。コロナの時の100本も「成り立つのかな、知らないけど」と書いて始めました。これからも、たぶん実験の連続です。

最近、瞑想の合宿で、「世界から愛されている。世界は愛を持って、ずっと待っていてくれた」という感覚に触れました。長くはいられなかったけれど、今も覚えています。そして、本当にたくさんの先生に愛されてきたんだなと、思い出しては涙が流れます。

ギフトは、たぶん、その続きです。
世界から与えられた僕にできることを、
これからも続けていきます。

あなたには、ギフトにまつわる、どんな記憶があるでしょうか。
もらって嬉しかったもの。うまく受け取れなかったもの。誰かに手渡したくなったもの。

よかったら、聞かせてください。

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この考えのもとになった日々は、こちらに書いています。
よっしー物語 —— 灰色の世界が、色を取り戻すまで / 作り手のプロフィール / 非加熱フレグランスとは

ギフトの続きの話は、メールのお便りで、ゆっくり書いています。
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このページは、吉田恭隆個人の体験と考えの記録で、製品の効果や効能をお伝えするものではありません。また、どなたかに何かをお約束するものでもありません。それでも、読んでくださったあなたの中に、何かひとつでも残ったら嬉しいです。

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